I can go… as far as I want !
"I can go… as far as I want !"
これは私が自転車に乗る上でとても大切にしている言葉です。いわば座右の銘ってやつですね。
直訳すると"私は行くことができます。私が欲する限り。"となります。もうちょいそれっぽく訳すなら"私が望む限り、私はどこまでも行ける"といったところでしょうか。
この言葉はツイッターの自己紹介のところにも書かせてもらっていたりします。
この言葉には続きがあり、元は"LONGRIDERS 7.0"(持ってないのでその内買う予定)という自転車同人誌(一般的なイメージの同人誌とはちょっと系統は違う同人誌)裏表紙に書かれている言葉で、そこにはこう記されています。
I can go… as far as I want !
僕らはどこまでも行く
道が続く限りどこまでも行く
思い出すのは遠い昔、
初めて補助輪を外して走り出した時のこと
ロングライドは心の状態
23kmであれ
2400kmであれ
あなたにとって冒険ならば
それは立派なロングライドです
この言葉を初めて知った時の世界が広がっていく感覚は強烈なものでした。
この言葉は私のような初心者には本当に嬉しい言葉でした。
言葉の便宜上、先頭の英語部分を座右の銘として使っていますがどちらかというとその後の日本語文の方が私にとってはとても重要です。
自分にとって冒険(一種の挑戦)と感じられるなら、新しい世界に踏み出したと感じられたならば距離に限らずそれはもう立派なロングライドだという事ですが、ロングライドのことを"冒険"と表現しているのは実に言い得て妙だと思います。
もう、これ以上の表現はないと思います。
クロスバイクを5月に買って初めてツーリングに出かけたのは片道25kmの温泉までの平坦な道のりでした。
今でこそ平坦片道25kmなんて"ちょっと気合い入れた散歩"くらいにしか思いませんが当時はそれはもう不安と期待でいっぱいでした。
「ちゃんと帰ってこれるか…」という不安。
「走り切れたらどんな世界(気分)が見えるのだろう」という期待。
それらがおりまざる心理状況はまさしく"冒険"に出ようとする心情そのものだったと言えるでしょう。
そして、いざ片道25kmを走りきった時はそれはもう経験したことないような清々しい気分になり、帰り道が残ってるにもかかわらずガッツポーズを小さくして喜んでいたものです。
そして、温泉で思いのほか遅くなり真っ暗かつ小雨が降る中で、温泉に入った影響で筋肉が緩んでしまった状態で半ベソかきながら帰っていったのは今でも微笑ましい思い出です。
当時(といってもつい半年ほどの前の事ですが)の自分からすれば本当に"冒険"だったと思います。
そして、徐々に距離は伸びていき100km、山越えを含む75km、そして山越えを含む100kmとひとつクリアするたびに"次はあの距離を走れたらどんな世界が見えるのだろう"と次の目標ができ、その挑戦ひとつひとつが自分にとって冒険のようなものでした。
ゆえにこの言葉は私が自転車にハマった原点を的確に表現している言葉であり、自転車を続けていく上で絶対に忘れてはならない言葉だと思い座右の銘にさせてもらいました。
これは自転車に乗っている人だけでなく、自転車に興味があるけどハードルが高くて…といった方にも是非知っておいてほしい言葉です。
というか、そういう人にこそ知っておいて欲しい言葉です。
自転車始めてみたいけど体力がなぁという方、全然大丈夫です。最初はほんの少しの距離でいいんです。貴方にとっての"冒険"を楽しめればそれでいいのです。その冒険を楽しめた先にまた新しい冒険が待っているのです。
自転車は皆さんをそんな新しい世界への冒険に導いてくれる最高のパートナーになってくれるはずです。
この言葉が自転車を始めようとしている方への良いアシストになってくれれば幸いです。
皆さんとどこかの道の上で会えるのを楽しみにしています!